関節リウマチの疫学、歴史
関節リウマチの疫学
関節リウマチの日本における有病率は0.5~1%(約80万人)と推定されています。男女比は1:4程度と女性に多く、高齢になると関節リウマチの男女比は1:2~3と男性比率が高くなります。
関節リウマチの発症年齢は30~50歳代の発症(平均45.5歳)が最も多いのですが、日本人の高齢化に伴い、関節リウマチ患者の高齢化も進んでいます。
関節リウマチの歴史
関節リウマチの起源
日本では1951年以来,「慢性関節リウマチ」と呼ばれていましたが,必ずしも慢性に経過する訳ではないことから,2002年より「関節リウマチ」と改名されました。関節リウマチの歴史を調べてみたら、興味深い事に、関節リウマチの起源についてまだ定説がないことがわかりました。関節リウマチは、1)昔から旧世界(ヨーロッパ、アジア、アフリカ)に存在していたという説、2)1800年以降に見つかった新しい病気であるという説、3)コロンブスの新大陸発見以降に新世界(アメリカ大陸から)から旧世界に運ばれてきたという説があるのです。
その前に、関節症状を呈する疾患の歴史をみていきましょう。関節疾患は、古代から人類を悩ませてきました。紀元前1500年頃のEbers Papyrusには、関節炎の症状が記載されています。いくつかの研究でエジプトのミイラには関節炎の証拠が見つかっています。Hippocrates(460-377 BC)はCatarrhosという言葉で、粘液のようなものが身体の各所に流れていって、種々の病気を作ると考えていました。Catarrhosは必ずしも関節痛を呈する病気だけを意味している用語ではなかったようです。Hippocratesは痛風のような関節炎に関する記述もしています。Galen(129-216 AD)がCatarrhosと同じ様な意味で“rheuma”(「流れ」を意味するギリシャ語)という言葉を導入しました。「リウマチ」の語源は、“rheuma”に由来します。「リウマチ」という用語を、今日用いられているように、関節疾患としてはじめて用いたのは、Gui1aume Baillou(1558-1616)でした。関節疾患の中で、痛風、リウマチ熱などを区別したのは、Thomas Sydenham(1624-1689)でした。
現代医学によって認められた関節リウマチの最初の記述は、1800年Augustin Jacob Landre-Beauvaisの論文にあります。サルペトリエール・ホスピス(Saltpetriere hospice)の研修医だったLandre-Beauvais(当時28歳)は、当時知られていた痛風や変形性関節症では説明できない重度の関節痛を患う数人の患者を診察し、治療しました。Landre-Beauvaisはこの病気を「無力性痛風」と名づけ、女性に多いこと、慢性的な経過、発症時から多くの関節が関与していること、症状が悪化することなど、いくつかの特徴があることを指摘しました。
1890年に英国の医師Archibald Garrodはリウマチに関する論文を執筆し、この中でArchibald GarrodはLandre-Beauvaisによって最初に発見された「無力性痛風」に対し、"rheumatoid arthritis(関節リウマチ)”という用語を作りました。
1)関節リウマチは昔から旧世界(ヨーロッパ、アジア、アフリカ)に存在していたという説
Archibald Garrodは、ポンペイの遺跡で発掘された骨、ポメラニア(ポーランドとドイツの国境近く)の墓地で見つかった骨、古代エジプトの骨、北欧バイキングの遺骨について古病理学的に調べた結果、これらすべて関節リウマチの骨病変を示すと論文の中で報告しました。Archibald Garrodは、関節リウマチは現代の病気ではなく、古代から存在していた病気であると主張しました。
The Antiquity of Rheumatoid Arthritis: A Reappraisal(J Rheumatol 2001;28:751-7)の論文の中で、古病理学的証拠によると、アメリカでは紀元前8000 年以来、ヨーロッパでは7世紀以来、関節リウマチが存在しており、特徴的な変形を引き起こす対称性の慢性多発性関節炎の記述と表現は、ローマでは紀元前100 年以降、インド(文献 Charak Samhita)では紀元前500 年以降に見られると報告されています。
古病理学的証拠以外では、関節リウマチの古代起源説を裏付ける証拠として、古代の文献や絵画が挙げられます。Hippocrates以外にも、ギリシャの医師Arataeus、Caesarの主治医であるScribonius、ビザンチンの医師Soranus、Constantine9世の顧問Michael Psellusなど、その他のさまざまな古代の医師の著作に、関節リウマチを示唆する所見が見られます。
ルネサンス期(15世紀半ばから16世紀初頭)に、フランドルオランダ学派の匿名の画家によって描かれた「聖アントニウスの誘惑」の中の物乞いの右手は、関節リウマチで見られる手首の脱臼、尺骨偏位、指の拘縮を示していると報告されています。
1638年Peter Paul Rubensによって描かれた「三美神」の一番左の「美神」の右手は変形しており、Landre-Beauvaisの論文以前から関節リウマチの存在を示す芸術的証拠の最も顕著な作品の1つとして知られています。
ただし、芸術作品は必ずしも科学的に正しい証拠であるとは限らないため、絵画から得られる結論は慎重に検討する必要があります。さらに、関節リウマチと他のリウマチ性疾患の関節所見は類似しているため、これらの絵画では関節リウマチの確定診断は不可能と思われます。
2)関節リウマチは1800年以降に見つかった新しい病気であるという説
20世紀、アメリカの医師Charles ShortはArchibald Garrodの古病理学的主張に異議を唱えました。 Archibald Garrodの論文で引用された骨格標本を検討したところ、強直性脊椎炎、変形性関節症、痛風のいずれかに該当し、関節リウマチに合致する骨格標本を見つけることができませんでした。そこで、Shortは、Archibald Garrodの関節リウマチの古代起源説は偽りであると主張し、関節リウマチは現代起源の病気であるという仮説を立てました。
“Like a virgin”: Absence of rheumatoid arthritis and treponematosis, good sanitation and only rare gout in Italy prior to the 15th century(Reumatismo, 2004;56:61-66)の論文の中でも、15世紀以前に、イタリアでは関節リウマチは存在しなかったと報告されています。
3)関節リウマチはコロンブスの新大陸発見以降に新世界(アメリカ大陸から)から旧世界に運ばれてきたという説
1988年Bruce M. Rothschildらは関節リウマチの病因に関する第3の考え方、つまり関節リウマチはもともと北米の先住民族で発生し、人や物の移動を通じてヨーロッパの人々に広がったと考える説をScience(Symmetrical erosive peripheral polyarthritis in the Late Archaic period of Alabama. Science 1988;41:1498-501.)に発表しました。3000-5000年前の古代インディアン84体の遺骨を検索し、その中の6体に関節リウマチと一致する骨病変を見いだしたと報告したのです。示された骨のレントゲン像は、関節リウマチのそれとして矛盾しないもので、また罹患部位の分布も、現在の関節リウマチとよく一致していました。
Rothschildらは関節リウマチがテネシー川とグリーン川の西支流で最初に見つかり、5000年間地理的に局地に留まった後、1000年前にオハイオ州に広がりましたが、世界的に広がったのはコロンブスによるアメリカ大陸の発見以降になってからと提唱しています。さらにRothschildらはRheumatoid Arthritis at a Time of Passage(J Rheumatol 2001;28:245-50)にて、旧世界で関節リウマチではないかといわれた骨格標本を調査した所、脊椎関節症と区別できない状態だったため、旧世界の症例は脊椎関節症として再分類されるべきであり、北米の遺跡で報告されている骨格標本のみが関節リウマチとして分類されることを提案しています。
関節リウマチは、もともと新大陸にあった微生物あるいは喫煙習慣等が原因の疾患で、それが旧大陸に運ばれた結果、旧大陸に忽然と関節リウマチが出現した可能性も考えられます。タバコはコロンブスのアメリカ大陸発見後に初めてヨーロッパに導入されたもので、喫煙習慣は、関節リウマチの発症危険因子である事が証明されています。
Historical Perspective on the Etiology of Rheumatoid Arthritis(Hand Clin. 2011;27:1-10)に記載された仮説
関節リウマチは、一般に30歳から65 歳の間で発症し始めます。関節リウマチが最初に報告された1800年当時、推定平均余命は30歳弱でした。したがって、古代に関節リウマチを発症していたであろう個体が病気が発症する前に死亡した可能性があります。すなわち、古代では関節リウマチはそれほど一般的ではなかった可能性があります。
古病理学的研究の結果と免疫学的および遺伝学的分析の結果を組み合わせて考察すると、古代起源説の修正版が現在、関節リウマチの歴史的起源に関して最も支持されている理論となっています。すなわち、「 関節リウマチは最近発生した疾患ではなく、数百年、おそらくは数千年前に存在し、現在のプロフィールとは異なる地理的分布を持っていた可能性がある」というものです。
リウマチ治療の歴史
HippocratesやGalenは関節疾患に対し、ヤナギの葉や樹皮の抽出物を使用しました。これらにはサリシンが含まれていました。
昔、リウマチ性疾患の治療には瀉血や蛭が含まれていました。 極東では、鍼、指圧、灸などが使用されました。
その後、リウマチ性疾患を含む多くの病気の治療に重金属が使用されるようになりました。金、ビスマス、ヒ素、銅の塩が使用されましたが、成功率はさまざまでした。 しかし、金は長年の使用で成功を収めており、今でも疾患修飾性抗リウマチ薬 (DMARD) の一部として使用されています。
1895年にPayneは全身性エリテマトーデスおよびリウマチ性疾患の治療にキニーネを使用することを初めて提案しました。1957年にBaguallはクロロキンを使用しましたが、現在でもヒドロキシクロロキンはDMARDのひとつです。
1929年にLerouxは、痛みを和らげる活性物質としてサリチル酸を特定しました。1853年Gerhardtによってアセチルサリチル酸(アスピリン)が合成されました。その後、1949年のフェニルブタゾンを皮切りに、他のいくつかの非ステロイド性抗炎症薬が登場しました。
1940年代にスルファサラジンは抗炎症薬として開発され、現在でDMARDとして関節リウマチに使用されています。1949 年Philip HenchとEdward Kendallは、関節リウマチを含む自己免疫疾患におけるコルチゾンの使用に成功したことを初めて示しました。
1947年Farberらがアメリカン・サイアナミッド社レダリー研究所で合成されたアミノプテリンが、小児白血病に対して効果を示しました。次いでアミノプテリンの誘導体が作られ、その中から悪性絨毛上皮腫に効果を示すメトトレキサート(MTX)が見出されました。1964年にBlackらは初めて関節リウマチに対し、MTXの使用例を報告し、1970-80年代に多くの臨床試験が行われ、 MTXは1988年FDA(米国食品医薬品局)、1999年日本で関節リウマチに対する適応を承認されました。
1975年TNFが関節リウマチの発症におけるサイトカインとして初めて同定されました。1993年に、抗TNF抗体(インフリキシマブ)が関節リウマチ患者の治療に有効であることが示されました。以後、さまざまな生物学的製剤、JAK阻害剤が開発されています。
文献
1)Historical Perspective on the Etiology of Rheumatoid Arthritis. Hand Clin. 2011;27:1-10
2)The Antiquity of Rheumatoid Arthritis: A Reappraisal. J Rheumatol 2001;28:751-7
3)“Like a virgin”: Absence of rheumatoid arthritis and treponematosis, good sanitation and only rare gout in Italy prior to the 15th century. Reumatismo, 2004;56:61-66
4)Symmetrical erosive peripheral polyarthritis in the Late Archaic period of Alabama. Science 1988;41:1498-501
5)Rheumatoid Arthritis at a Time of Passage. J Rheumatol 2001;28:245-50
6)Primary Asthenic Gout by Augustin-Jacob Landre-Beauvais in 1800: Is this the first description of Rheumatoid Arthritis? Mediterr J Rheumatol 2017;28:223-6
7)リウマチの歴史を振り返る 第181回城北リウマチ教室 2021/3/5 金沢城北病院リウマチ科 村山 隆司
8)人類における関節リウマチの発生はいつか 2000 年、第1回博多リウマチセミナー 首藤 敏秀 九州大学整形外科
9)Rheumatoid Arthritis History. https://www.news-medical.net/health/Rheumatoid-Arthritis-History.aspx
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