巨細胞性動脈炎
50歳以上の高齢者に発症する、大型・中型の動脈に炎症が生じる疾患です。大動脈、並びに、大動脈から枝分かれした動脈(主に頚動脈と椎骨動脈)が高頻度に侵されます。しばしば側頭動脈が傷害されるため、以前は「側頭動脈炎」と呼ばれていましたが、現在は「巨細胞性動脈炎」と呼ばれています。病理組織学的には、血管の壁に巨細胞を伴う肉芽腫が認められます。
しばしばリウマチ性多発筋痛症を合併します。欧米白人に多く、日本を含めアジア人には少ないと報告されています。男女比はほぼ1:2~3です。
原因は不明ですが、ウイルスなど微生物感染などの環境因子、あるいは、遺伝的要因が関与していると報告されています。
巨細胞性動脈炎の症状
初発症状としては、側頭部の頭痛がよく見られ、全経過を通して約3分の2の症例で認められます。患者さんの訴えとしては「髪をとかすと痛い」というのが特徴的です。下顎跛行は約半数の症例で認められる特徴的な自覚症状です。「食べ物を噛んだり、しゃべったり、とにかく顎の筋肉を動かすと痛い」という症状で、顎関節を動かす筋肉を支配する動脈に炎症がおこり、顎関節を動かすと虚血になるために生じます。
また、巨細胞性動脈炎で最も注意すべき症状は眼の症状です。視神経を養う動脈の血流低下を来たし、視力・視野異常を呈します。治療が遅れると失明することもあります。
一過性虚血発作、脳梗塞などの神経症状は約15%に出現します。
患者の40%にリウマチ性多発性筋痛症を認め、逆にリウマチ性多発性筋痛症の患者の約15%に巨細胞性動脈炎を合併すると報告されています。全身症状として発熱、倦怠感を約40%の患者で認めます。
腹部や胸部の大動脈瘤が認められることがあります。検査としては、Computed tomographic angiography (CTA)、Magnetic resonance angiography (MRA)、Positron emission tomography (PET)が有用です。
その他にも、上肢の動脈(鎖骨下動脈、腋窩動脈)、下肢の動脈(大腿動脈、腸骨動脈、膝窩動脈)にも病変を認めることがあります。
巨細胞性動脈炎の診断基準
巨細胞性動脈炎の重症度分類
巨細胞性動脈炎の治療
ステロイド(主に使用されるのがプレドニゾロン:欧米では40-60mg、日本では30-40mg、Table 1)投与が治療の中心となります。失明の恐れがある場合には、ステロイドパルス療法というステロイド大量療法(Table 2)を行なうことがあります。ステロイド抵抗性の症例、重篤なステロイドの副作用症例においては、メトトレキサートなどの免疫抑制薬、トシリズマブ(現在保険適応申請中)などの生物学的製剤の併用を検討します。失明や脳梗塞を予防するために低用量アスピリン(バイアスピリンなど)などの血小板凝集抑制剤を併用する必要があります。
Mod Rheumatol. 2017 Jan 13:1-8
Lancet. 2016 May 7;387(10031):1921-7に掲載された巨細胞性動脈炎に対するトシリズマブの有効性・安全性を検討した試験です。
その後の研究結果
52週の試験終了後、トシリズマブの投与が中止され、12.5ヶ月経過観察されました。
トシリズマブ中止後、11/20例(55%)で、再発が見られ、トシリズマブ投与中止~再発までの期間は中央値5ヶ月(2~14ヶ月)でした。
プラセボ群では9/10(90%)の再発が見られました。
ただし、再発例では、失明、大動脈破裂、大動脈弁狭窄などの重篤な血管合併症はありませんでした。
再発したトシリズマブ群11例中6例で、トシリズマブが再投与され、有効でした。
Expert Rev Clin Immunol. 2017 Apr;13(4):345-360より改変
Expert Rev Clin Immunol. 2017 Apr;13(4):345-360より改変
巨細胞性動脈炎のまとめ
1)巨細胞性動脈炎は50歳以上の高齢者に好発し、しばしばリウマチ性多発筋痛症を合併します。
2)高齢者の発熱、頭痛、視力障害の原因疾患の一つとしてGCAを考慮する必要があり、側頭動脈の局所所見(圧痛、怒張、拍動減弱)は診断上重要です。
3)血沈亢進、CRP強陽性を認め、自己抗体は陰性です。
4)側頭動脈の生検で巨細胞性肉芽腫性血管炎の所見が認められます。
5)ステロイド剤(プレドニゾロン 40〜60mg/日)が著効するが、視力障害の予防には早期の大量投与が必要です。再燃時には、メトトレキサート、トシリズマブの併用が有効です。
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巨細胞性動脈炎の診療ガイドライン(ACR)
2021年に米国リウマチ学会(ACR)から巨細胞性動脈炎の診療ガイドラインが出された。ただし、エビデンスレベルはlow - very lowであるため、注意して使用する必要がある。
診断・検査
1) 巨細胞性動脈炎が疑われる患者では、初回の側頭動脈生検は両側よりも片側を条件付きで推奨する。
2) 巨細胞性動脈炎が疑われる患者では、条件付きで、短いセグメントの側頭動脈の標本採取 (<1 cm) よりも長いセグメントの側頭動脈の標本採取 (>1 cm) を推奨する。
3) 巨細胞性動脈炎が疑われる患者では、条件付きで、生検を2週間以上待つよりも、経口ステロイドを開始してから2週間以内に側頭動脈生検標本を採取することを推奨する。
4) 巨細胞性動脈炎が疑われる患者では、巨細胞性動脈炎の診断を確立するために、条件付きで側頭動脈超音波検査よりも側頭動脈生検を推奨する。
<解説> 一般に、米国のリウマチ専門医と放射線専門医は、ヨーロッパの同業者と比較して、超音波を使用して巨細胞性動脈炎の側頭動脈病変を診断する経験が少ない。したがって、米国では側頭動脈生検が巨細胞性動脈炎の診断に最適な方法である。
5) 巨細胞性動脈炎が疑われる患者では、巨細胞性動脈炎の診断を確立するために、頭蓋動脈のMRIよりも側頭動脈生検を条件付きで推奨する。
6) 巨細胞性動脈炎が疑われるが、側頭動脈生検の結果が陰性の患者については、確定診断のために、臨床評価のみよりも、臨床評価に加え大血管の非侵襲的血管造影を条件付きで推奨する。
7) 新たに巨細胞性動脈炎と診断された患者には、大血管の状態を評価するために非侵襲的な血管画像検査を行なうことを条件付きで推奨する。
内科的治療
8) 新たに巨細胞性動脈炎と診断された患者で、頭蓋内の虚血症状のない場合、条件付きで、ステロイドパルス点滴療法よりも、高用量の経口ステロイド(プレドニゾン 1 mg/kg/日、最大 80 mg)療法で開始することを推奨する。
9) 新たに巨細胞性動脈炎と診断された患者で、視力低下のおそれがある場合、条件付きで、高用量の経口ステロイド療法よりも、ステロイドパルス点滴療法で開始することを推奨する。
10) 新たに巨細胞性動脈炎と診断された患者では、条件付きで、経口ステロイドの隔日投与よりも、連日投与を推奨する。
11)新たに巨細胞性動脈炎と診断された患者では、中用量の経口ステロイド(プレドニゾン 0.5 mg/kg/日、一般に10~40 mg)よりも高用量の経口ステロイド(プレドニゾン 1 mg/kg/日、最大 80 mg)で治療を開始することを条件付きで推奨する。
12)新たに巨細胞性動脈炎と診断された患者では、条件付きで、経口ステロイド単独よりもトシリズマブと経口ステロイド を併用投与することを推奨する。
13)活動性を有する頭蓋外大血管病変を伴う巨細胞性動脈炎患者では、経口ステロイド単独療法よりもステロイド以外の免疫抑制剤(メトトレキサート、トシリズマブ、アバタセプト)と経口ステロイドによる併用療法を条件付きで推奨する。
14)巨細胞性動脈炎に対するステロイドによる最適な治療期間は十分に確立されておらず、患者の価値観と希望を加味しながら決定すべきである。
15)新たに巨細胞性動脈炎と診断された患者では、特に巨細胞性動脈炎の治療のために HMG-CoA レダクターゼ阻害剤 (「スタチン」) を使用しないことを条件付きで推奨する。
16)椎骨または頸動脈に重大な血流を妨げる病変がある巨細胞性動脈炎患者では、条件付きでアスピリンを追加することを推奨する。
17)中用量から高用量のステロイド投与中に再発を経験した巨細胞性動脈炎患者では、条件付きでステロイド以外の免疫抑制剤(メトトレキサート、トシリズマブ、アバタセプト)を追加することを推奨する。
18)頭蓋虚血症状を伴う再発を経験した巨細胞性動脈炎患者では、条件付きで、ステロイド増量単独療法よりも、ステロイド以外の免疫抑制剤(メトトレキサート、トシリズマブ、アバタセプト)追加ならびにステロイド増量療法を推奨する。
19)ステロイド治療中に頭蓋虚血症状を伴う再発を経験した巨細胞性動脈炎患者では、メトトレキサートを追加してステロイドの用量を増やすよりも、トシリズマブを追加してステロイドの用量を増やすことを条件付きで推奨する。
外科的手術療法
20)推奨というよりは提言: 血管外科的手術(血管形成術、ステント留置、血管バイパス、血管移植)を必要とする患者の場合、手術の種類とタイミングは、血管外科医とリウマチ専門医の間で共同で決定する必要がある。
21)免疫抑制剤使用中にもかかわらず四肢や臓器の虚血症状の悪化を認める重度の巨細胞性動脈炎患者では、免疫抑制療法の強化+手術療法よりも免疫抑制療法の強化のみを条件付きで推奨する。
22)手術療法を行う際に、巨細胞性動脈炎の活動性がある時は、周術期に高用量ステロイド(プレドニゾン 1 mg/kg/日、最大 80 mg)投与を推奨する。
臨床並びに検査経過観察
23)臨床的寛解が明らかな巨細胞性動脈炎患者であっても、臨床モニタリングを行わないよりも長期の臨床モニタリングを行うことを強く推奨する。
24)巨細胞性動脈炎の患者で、炎症マーカーのみが上昇してくる場合には、免疫抑制療法を強化するよりも臨床的経過観察をすることを推奨する。
<解説> 炎症マーカーのレベルの増加は非特異的である可能性(感染の合併など)があり、炎症マーカーの増加のみの状況で免疫抑制療法を強化することは注意が必要である。巨細胞性動脈炎の活動性を他の臨床所見・検査ならびの画像所見で評価し、免疫抑制療法を強化の是非を考慮する必要がある。
巨細胞性動脈炎に対する新薬情報
J. Clin. Med. 2022, 11, 1588. https://doi.org/10.3390/jcm11061588
現在、Th-17経路は巨細胞性動脈炎の急性期に主に関与していて、Th-1経路は慢性期に観察される炎症性変化に寄与し、後期の血管合併症を引き起こすと考えられている。 興味深いことに、Th-17経路はステロイドに良く反応するが、Th-1経路はステロイド抵抗性である。 したがって、長期的に巨細胞性動脈炎を根治させるにはステロイドだけでは十分ではないことを示唆しており、新しい治療オプションを必要とする。
巨細胞性動脈炎に対し、JAK阻害剤(バリシチニブ、ウパダシチニブ)、IL17阻害剤(セクキヌマブ)、IL1阻害剤(アナキンラ)、T細胞共刺激シグナル阻害剤(アバタセプト)、IL12/IL23阻害剤(ウステキヌマブ)、IL23阻害剤(グセルクマブ)、GM-CSF阻害剤(マブリリムマブ)、エンドセリン受容体拮抗剤(ボセンタン)の治験が進行中である。
15人の患者(平均年齢 72.4歳)が登録された。4人の患者がプレドニゾン 30 mg/日、6人が20 mg/日、5人が10 mg/日で試験に参加した。 14 人の患者が 52 週間のバリシチニブ 4mg/日を完了した。52週の時点で、14/15 (93%) の患者に1つ以上の有害事象が発生し、抗生物質を必要としない感染 (8例)、抗生物質を必要とする感染 (5例)、吐き気 (6例)、脚のむくみ (2例)、疲労 (2例)、下痢 (1例)。 被験者の1人は有害事象によりバリシチニブの中止を余儀なくされた。重篤な有害事象が 1例であった。 試験中に再発した患者は14人中1人のみだった。 残りの13人の患者はステロイドの中止を達成し、52週間の試験期間中、疾患の寛解を維持した。