五十肩
数か月前から続く右肩の痛みが先週から悪化したため、2025年1月22日私は肩専門の整形外科に受診しました。自分の見立てでは年齢(66歳)からすると、*腱板断裂だろうなと思っていましたが、レントゲンやエコーの結果、肩関節周囲炎/五十肩と診断されました。肩に3か所注射をうってもらい、痛み、肩の可動域は改善しました。そこで肩関節周囲炎/五十肩について、2022年の総説(Frozen shoulder. Nature Reviews Disease Primers 2022, 8, 59)を中心にまとめました。
*腱板断裂
棘上筋、棘下筋、小円筋、肩甲下筋の4つの筋の腱がまとまって腱板を構成しますが、肩の使いすぎや外傷などにより、この腱板に断裂が起こり、肩の痛みと運動障害が現れます。60歳以上の方に現れやすく、右肩に症状が出ることが多いとされています。
肩関節周囲炎は一般的に四十肩、五十肩とも呼ばれているように、50歳代を中心とした中年以降に、肩関節周囲組織の退行性変化を基盤として明らかな原因なしに発症し、肩関節の痛みと運動障害を認める疾患群(以下、五十肩と記します)です。五十肩は、長期にわたる臨床経過をたどるため、患者だけでなく医療従事者にとってもストレスとなることがあります。五十肩は、線維増殖性組織線維症を特徴とし、主にI型およびIII型コラーゲンを生成する線維芽細胞が、炎症、血管新生、神経支配を伴って筋線維芽細胞 (平滑筋表現型) に変化します。その結果、肩関節包の線維性拘縮とそれに伴う最終的には肩関節の硬直(*凍結肩:frozen shoulder)が生じます。
*凍結肩
通称、凍結肩は、別名「癒着性肩関節包炎」とも呼ばれ、腕が上がらない、回らない、夜間の睡眠障害をともなう強い症状を特徴とする状態です。この病名は、動かせないほどに「凍結」した状態の肩を指します。
1)歴史
五十肩という言葉は、 江戸時代後期の儒学者である太田全斎が書いた「俚言集覧」に記されており、「凡、人五十歳ばかりの時、手腕、関節痛むことあり、程過ぎれば薬せずして癒ゆるものなり、俗にこれを五十腕とも五十肩ともいう。また、長命病という」とあります。当時の五十歳まで長生きする人は少なく、五十肩を発症するのは長生きだとされたのです。
2)疫学
2-1)有病率
五十肩の生涯有病率は一般人口の2~5%と推定され、40~70歳の年齢層に発症し、特に40~60歳の女性に多いとされています。五十肩患者の最大17%は、5年以内にもう一方の肩が影響を受けます。
2-2)リスク因子
五十肩は、心血管疾患、甲状腺機能亢進症、甲状腺機能低下症、高脂血症、自己免疫疾患、糖尿病など、さまざまな疾患と関連しています。特に糖尿病では 五十肩の発症率が60% 近くに達することがあります。その他の五十肩に関連するリスク因子は、喫煙、肥満、睡眠不足、身体活動の低さです。さらに、五十肩と非常によく似た病態生理学を持つ手掌筋膜の線維性疾患であるデュピュイトラン病の患者でも五十肩は増加します。神経機能障害と五十肩の関連は、1959年にThompsonとKopellによって初めて報告されました。彼らは、肩甲上腕関節の動きが減少すると肩甲胸郭の動きが悪化し、それによって肩甲上神経が引き伸ばされ、痛みと肩機能障害のサイクルを引き起こす可能性があると提唱しました。それ以来、五十肩はさまざまな神経疾患の患者で確認されています。たとえば、パーキンソン病、脳卒中後の片麻痺に伴う肩の痛み、根治的頸部郭清術後、急性脳動脈瘤手術後、くも膜下出血後の患者などです。不安やうつ病の特性を持つ人は、症状の持続期間が長く、予後が悪い可能性があります。
3)症状(○は私に当てはまる症状)
夜中や早朝に肩の痛みで目が覚める。
痛む方の肩を下にして寝れない。
駐車場の駐車券をとる時など、腕を横に伸ばした時に激痛が走る。(○)
痛みのため、腕が後ろに回せない。(○)
肩だけでなく上腕や肘まで痛みが広がる。
手のむくみ、手を握るのがつらい。
肩が重だるく、首や耳の後ろのほうまで重い感じが広がる。(○)
4)発症機序
五十肩の病態生理はまだ明らかではありませんが、蓄積される証拠によって、この疾患における炎症、血管新生、神経調節、線維症の役割が明らかになり始めています。肩関節包は、関節を包む緩い繊維鞘です。健康な関節包はコラーゲン構造で、主に高密度のI型コラーゲンと弾性繊維束で構成され、血管と神経繊維は限られています。この膜内の主な細胞タイプは線維芽細胞で、細胞外マトリックス (ECM)タンパク質を生成して関節包の健康を維持します。五十肩では、この結合組織膜の緩やかな線維化と隣接する滑膜の肥厚により、典型的なコラーゲン構造が破壊されます。これらの線維性変化は、炎症、血管新生、神経支配の新生を伴います。その結果、関節容積が減少し、関節包の硬直が増し、動きが制限され、痛みが生じます。
4-1)五十肩のステージ
五十肩は通常、3つステージを経て進行します。ステージI(炎症期)では、疼痛の持続と運動制限が特徴的です。関節内では、持続的な滑膜炎と進行性の関節包拘縮が見られます。関節鏡検査では、血管過多の滑膜炎と腋窩の襞の消失がみられる。ステージII(拘縮期)は、臨床的には持続的な硬直が特徴で、関節鏡検査では、腋窩陥凹の消失、線維化が見られますが、滑膜炎は軽度です。ステージIII(寛解期)には拘縮が改善し、関節の動きも良くなってきます。 全経過の期間は1~3年ですが、ただし一部の患者では3年以上経過しても疼痛や機能制限を経験しています。
文献7】より
4-2)五十肩が起こる炎症の部位
五十肩の病変部位としては下記の4ヶ所があります。疼痛や可動域制限の要因はステージIでは腱板や上腕二頭筋長頭腱、腱板疎部等の炎症や筋攣縮が主体である。一方、ステージIIでは、炎症の遷延に伴う肩関節周囲の軟部組織の線維化、癒着、瘢痕化といった器質的変化による関節拘縮が可動域制限の要因となります。
文献4】より
・腱板疎部炎:肩の前方の膜や靭帯からなる腱板疎部に炎症が起こる状態。これが一番多いと言われている。
・上腕二頭筋長頭腱炎:上腕二頭筋の細長い筋長頭腱に炎症が起きた状態。
・腱板炎:棘上筋、棘下筋、小円筋、肩甲下筋の4つの筋の腱がまとまって腱板を構成する。この腱板に炎症が生じる状態。
・肩峰下滑液包炎:肩峰の下の腱板を保護するための滑液の入った袋(滑液包)に炎症が起きた状態。
4-3)炎症
五十肩の組織学的特徴は、線維芽細胞と筋線維芽細胞を含むI型コラーゲンとIII型コラーゲンのマトリックスであり、組織の細胞外マトリックス (ECM) の分解、再構築、再生のバランスが崩れた状態です。五十肩の病因にはいくつかの重要なメカニズムが関係していると考えられています。その1つは、慢性の炎症です。罹患患者の組織生検サンプルの組織学的分析では、血管の増加、線維芽細胞の増殖、滑膜の肥厚、およびECM沈着の増加という慢性炎症の所見が見られます。五十肩患者の被膜組織では、B細胞、マクロファージ、肥満細胞、T細胞など、さまざまな免疫細胞が特定されています。
4-4)炎症性サイトカイン
五十肩は歴史的に肩関節の慢性線維性疾患として認識されてきたため、サイトカイン研究の主な重点はTGFβに置かれてきました。TGFβは五十肩組織で高度に発現しており、ECMタンパク質の産生、線維芽細胞の増殖、筋線維芽細胞の分化の増加、コラーゲンゲルの収縮性など、多数の細胞線維性反応を誘発する可能性があります。五十肩のノックアウト・ラットモデルではTGFβ経路の抑制により、炎症反応と筋線維芽細胞の分化が損なわれ、ノックアウト群では対照群よりも肩関節可動域が改善し、関節容積が増加しました。IL-1、IL-6、IL-10、IL-17A、IL-33(アラーミン)、GM-CSF、M-CSF、PGDF、TNFなどの他の炎症性メディエーターも、病変のある被膜では調節不全に陥っており、炎症およびマトリックス反応を引き起こす可能性があります。特に五十肩ではIL-17A が重要な役割を果たしていることが示唆されています。五十肩組織には、IL-17Aを産生するT細胞が含まれていますが、健康な肩関節被膜にはほとんど存在しません。IL-17Aは、五十肩線維芽細胞でより大きな線維化促進および炎症反応を引き起こすことが報告されています。五十肩に対して現在抗IL-17A治療 (セクキヌマブ)が臨床試験中です。
4-5)神経および血管の変化
炎症に関連する血管過形成も、五十肩症状の発症に重要な役割を果たしていると考えられています。血管過形成は、五十肩の組織学的研究で顕著に認められ、血管内皮増殖因子(VEGF)の過剰発現によって血管新生が起こると報告されています。血管過形成は神経新生を伴い、新生された神経は五十肩の夜間痛と関連しています。五十肩患者では、新しい神経の増加に加えて、酸感知イオンチャネル、カルシトニン遺伝子関連ペプチド (CGRP)、およびサブスタンス P13も増加しており、これらは痛覚過敏を引き起こします。特にCGRPは神経系と免疫系をつなぐ重要な因子で、疼痛感知ニューロンのシナプス末端から放出され、リンパ球、マクロファージ、および肥満細胞などに作用し、炎症誘発性メディエーターの産生増加と免疫細胞のさらなる動員をもたらします。
4-6)線維化
線維症は 五十肩で現れる基本的なプロセスです。線維芽細胞は関節包内に常在する細胞で、組織の構造を形成する細胞外マトリックス(ECM)の生成を担っています。正常な状態では、I型コラーゲンが主に生成されるマトリックス・タンパク質ですが、病的な状態では、ECMのターンオーバーが加速され、より未熟で無秩序なIII型コラーゲンが沈着します。さらに、五十肩では、ビメンチン、フィブロネクチン、テネイシン Cなど、他のいくつかの構造マトリックス・タンパク質の生成が増加します。マトリックスのリモデリングを制御するマトリックス・メタロプロテアーゼ (MMP) と組織メタロプロテアーゼ阻害因子 (TIMP) の両方が、五十肩で調節不全になります。MMP1–4、MMP7–9、MMP12–14、TIMP1、TIMP2は五十肩に関与しています。これらのプロテアーゼはECMのターンオーバーに重要な役割を果たしており、MMPとTIMPのバランスはマトリックスのリモデリングと恒常性維持に極めて重要であり、これはTIMP類似体を使用した抗癌治療試験に参加した患者の50%に五十肩が発生したことからも明らかです。五十肩の線維芽細胞の線維化の多くは、TGFβ産生の増加によるものとされています。TGFβは線維芽細胞から筋線維芽細胞への分化転換を誘導することが古くから知られております。さらに、IL-1、IL-4、IL-13、IL-17Aなどの他のサイトカインが線維症に果たす潜在的な役割が現在ではより高く評価されています。
4-7)代謝因子
高脂血症や糖尿病の患者では五十肩が多いことが知られています。糖尿病患者の五十肩は、非糖尿病患者と比較して長期化し、非手術的治療が効きにくい傾向があります。これは糖尿病患者の慢性的な低レベルの炎症と終末糖化産物 (AGE) の存在に起因しています。糖尿病患者ではTNF、IL-6、IL-1βなどの炎症性サイトカインが一貫して増加しており、五十肩患者の関節包と滑膜にも高レベルで存在しています。さらに、AGEは五十肩の糖尿病患者と非糖尿病患者(老化でAGEが増加します)の両方で免疫反応性を増加させます。AGEはコラーゲン分子間の架橋を形成し、タンパク質分解に対する抵抗性と組織コンプライアンスの低下につながります。さらに、AGEはAGE受容体の活性化を通じて間質細胞と免疫細胞における炎症性サイトカインと線維化促進性サイトカインおよび成長因子の産生を刺激します。AGEによるMMPの不均衡、TIMP活性の増加は糖尿病患者の臓器に見られます。
血清中性脂肪とコレステロールの上昇も、血管の炎症と免疫反応に関連する炎症性リポタンパク質を介して、五十肩の発症と関連しています。五十肩患者と非患者のサンプルをRNA転写プロファイリングという遺伝子発現のレベルを調べる方法で比較したところ、ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体 γ (PPARγ) 経路に大きな差があることが明らかになり、五十肩の病因において脂質代謝の変化が中心的な役割を果たしていることが示唆されました。興味深いことに、脂質低下薬 (スタチンなど) を服用している患者は、五十肩を発症するリスクが高くありません。この観察結果は、血清脂質の減少または脂質低下薬のいずれかが予防的である可能性があることを示唆しております。
甲状腺機能亢進症と甲状腺機能低下症はともに 五十肩発症リスクの上昇と関連しています。カルシトニン欠乏は両疾患で認められ、甲状腺機能不全と五十肩の関係はカルシトニンによるものと考えられます。カルシトニンと五十肩の関係は、サケのカルシトニンで骨粗鬆症の治療を受けている閉経後女性で五十肩症状の改善がみられたときに初めて指摘されました。サケのカルシトニンは培養細胞におけるTGFβ、I型コラーゲン、III型コラーゲンの合成、および線維芽細胞の接着を減少させます。これらはすべて五十肩における線維化の重要なメディエーターです。五十肩患者における鼻腔内カルシトニン治療が肩の痛みと機能をプラセボよりも早く改善したということが二重盲検ランダム化比較試験で確認されました。
5)検査・診断
五十肩の診断は、臨床医にとって曖昧さ、矛盾、混乱を伴います。五十肩にはよく知られた症状のパターンがあるにもかかわらず、現在正式に認められた診断基準はありません。コンセンサス研究では、特に夜間の痛み、突然または予期しない動きによる肩の痛み、肩の能動および受動運動の全般的な喪失が、信頼できる臨床的識別子であることが示されています。これらはすべて間違いなく五十肩の特徴的な特徴ですが、五十肩を他の肩の疾患(肩の関節炎、頸部由来の痛みなど)と鑑別診断する決め手とはなりません。たとえば、重度の疼痛のある患者の肩の動きを確実に正確に評価することは、臨床的に困難です。多くの場合、異常な可動域の喪失のように見えるものが、疼痛または恐怖による患者の自己制限である可能性があります。
5-1)単純レントゲン検査
肩関節の単純レントゲン検査は、五十肩以外の肩関節疾患(関節リウマチ、*石灰沈着性腱板炎、変形性肩関節症など)を除外するために行われる事が多い検査です。
*石灰沈着性腱板炎
肩の筋肉・腱板にカルシウムが沈着し、炎症を起こす病気です。カルシウム(石灰化)沈着はレントゲンで可視化できるので、単純レントゲン検査が有効です。この疾患は救急外来を訪れるほどの激痛として現れることがあります。
5-2)超音波検査(エコー)や磁気共鳴画像法(MRI)
五十肩の診断には、エコーやMRIなどの高度な画像診断法の使用が提案されています。エコーやMRIで腋窩嚢肥厚、腋窩陥凹の閉塞、烏口上腕靭帯および回旋筋間肥厚、肩の前方にある腱板疎部の肥厚や血管増生などの画像所見が臨床所見と一致する場合、五十肩を示唆するものとみなされます。腱板断裂との鑑別にも有用です。
6)管理
五十肩の管理に関する真のエビデンスに基づくモデルはまだ定義されておらず、明確に定義されたエビデンスに基づく管理ガイドラインが欠如していることは驚くべきことではありません。したがって、五十肩の現在の治療は、主に症状の軽減、つまり痛みの緩和と運動機能の回復に重点を置いています。一般に、五十肩患者は、理学療法、薬物療法、コルチコステロイド注射などの非外科的治療、または外科。治療は病気の進行段階によって異なり、初期の薬物療法と関連する理学療法から、手術(麻酔下マニピュレーション【MUA】と関節鏡下関節包解放【ACR】)、体外衝撃波療法、水圧拡張、注射(ヒアルロン酸ナトリウム注射、コラーゲナーゼ治療、臨床試験で検証が必要な実験的アプローチ)などの後期のアプローチまで多岐にわたります。実際、五十肩はしばしば自己限定的な病気(1~2年の回復)と見なされていますが、さまざまな研究で、こわばりや痛みなど、五十肩に関連する症状の多くが患者の20~50%で持続することが示されています。
文献8】より
6-1)非手術的管理
非手術的管理が五十肩の初期治療として選択されます。五十肩患者の病気の段階に適した管理法を選択する必要があります。
6-1-1)患者教育
患者に五十肩について説明し、自然経過・治療法等について話し合うことは、最も重要な初期介入の1つです。五十肩の痛みは激烈であり、患者は何か悪い病気ではないかと考えてしまい、不安になる事があります。適切なアドバイスと教育は患者の不安を軽減し、症状の主観的な改善をもたらします。したがって、予想される期間など、五十肩の自然経過に関するエビデンスに基づく知識を明確に説明することは、痛みと機能に大きな効果をもたらす可能性があります。ほとんどの患者で五十肩の症状は最終的に自然に解消されることを伝える必要があります。
6-1-2)理学療法(具体的な理学療法は文献7】、8】を参考にしてください)
理学療法は、無治療の場合と比較して、痛みの緩和や関節可動域の改善を加速します。しかし、これらの改善は主に短期的なものであり、病気の持続期間の短縮は実証されていません。ストレッチングは、五十肩の痛みの緩和に効果的であり、可動域および機能の向上に推奨できます。ただし、ストレッチ運動の強度は患者の痛みに対する過敏性レベルによって決定されるべきです。なぜなら、過敏性が非常に高い患者において、痛みの限界を超えてストレッチを行うと、結果が悪くなるからです。耐えられる痛みのレベルまで徐々にストレッチ運動を行うと、コラーゲンのリモデリングが促進され、関節可動域が改善する事がわかっています。別の報告によると、監督付きの運動療法が、自宅での監督なしの運動療法よりも効果的であることを示しています。抵抗運動も五十肩患者に重要な役割を果たす可能性があります。
体外衝撃波療法(ESWT)の役割は、肩関節周囲炎の治療において調査されてきました。106人の参加者を対象に、橈骨ESWTとプラセボ衝撃波療法を比較したランダム化二重盲検プラセボ対照試験では、衝撃波を受けたグループで機能、疼痛、可動域が大幅に改善しました。20件のランダム化対照試験の系統的レビューでは、肩関節周囲炎の疼痛軽減にESWTが有利であるというエビデンスがいくつか見つかりましたが、今のところ、肩関節周囲炎の治療補助としてのESWTの有効性について明確な結論は出せていません。
冷温療法、経皮神経刺激療法、パルス電磁場療法、低出力レーザー療法などの電気療法などの他の理学療法は、五十肩患者の疼痛に良い効果があると提案されています。
ミラーセラピーは、五十肩の治療に効果があると思われる有望な運動療法です。このアプローチは、運動出力と感覚出力の一致を回復することを目的としており、五十肩患者の痛み、機能、屈曲および外転の可動域、および全般的な健康状態の改善に有益ですが、さらなる研究が必要です。肩に特化した運動の他に、一般的な身体活動が全般的な健康、幸福感、気分と睡眠の改善、およびうつ病の予防のために推奨されています。
6-1-3)薬物療法
五十肩患者によく使用される薬剤には、アセトアミノフェン、非ステロイド性抗炎症薬 (NSAID)、およびコルチコステロイドがあります。五十肩患者におけるアセトアミノフェンの使用に関する証拠は限られていますが、他の薬剤に禁忌がある場合には有用である可能性があります。アセトアミノフェンはシクロオキシゲナーゼを阻害し、末梢および中枢の両方で作用します。NSAIDsは鎮痛目的に使用されますが、関節可動域には効果がありません。さらに、NSAIDsはセロトニン系に作用し、直接的な抗炎症効果に加えて、知覚される痛みの調節にもいくらか効果がある可能性があります。経口コルチコステロイドはプラセボと比較してより迅速な鎮痛効果をもたらしますが、この効果は長期的には見られず、場合によってはこの治療は中止後にリバウンド疼痛により症状を悪化させます。
関節内コルチコステロイド注射(CSI)は、関節包収縮の出現前の炎症期または五十肩の早期段階で、鎮痛と炎症の軽減を目的として推奨されています。組織学的には、関節内CSIは線維化増殖の減少と関連しています。CSIはプラセボよりも効果的ですが、長期的(6か月および12か月)な結果には変化をもたらしません。CSIは五十肩の早期段階での疼痛軽減において理学療法よりも効果的ですが、長期的にはその差はわずかです。CSI単独では関節可動域に影響はありませんが、CSIと理学療法を組み合わせると関節可動域が改善します。リスクは低いものの、CSIの使用には、無血管性壊死、感染症、筋肉の愁訴、痛みの増大などの合併症があります。CSIは血清グルコースの一時的な上昇にもつながり、五十肩を伴う糖尿病患者では要注意です。私も初診時にCSIを受けました。
6-1-4) 代替療法
五十肩に使用するためのヒアルロン酸ナトリウム注射、肩甲上神経ブロック、コラーゲナーゼ治療、ボツリヌス毒素、水圧拡張術などの治療法に関するデータは限られておりますが、ボツリヌス毒素注射と水圧拡張術(hydrodilatation)に関してはエビデンスがあります。デュピュイトラン病での使用が成功した後、コラーゲナーゼ クロストリジウム ヒストリチカム (collagenase clostridium histolyticum:CCH) も五十肩 の治療に利用されています。CCHは通常、6週間にわたって3回の注射されます。ランダム化試験では、CCHによる主観的機能の改善が示されましたが、プラセボと比較して関節可動域の顕著な増加は見られませんでした。別の試験では、3か月後の関節可動域の改善は、運動療法のみの場合よりもCCH+運動療法の方が大きかったことがわかりました。
水圧拡張療法とは、関節包を拡張するために、大量の滅菌生理食塩水(コルチコステロイドを含む場合と含まない場合あり)を関節内に注入することを指します。水圧拡張療法は、過去10年間で人気が高まっている有望な治療法です。メタ解析では、CSIとコルチコステロイドによる水圧拡張術はどちらもプラセボと比較して短期的な疼痛緩和、可動域改善、機能に優れ、可動域改善は関しては24 か月を超えて持続することが分かりました。コルチコステロイドによる水圧拡張術はCSIよりも大きな効果があることが分かりました。
水圧拡張療法と似た治療法でハイドロリリース (Hydro release)というものがあります。エコー画面を見ながら、生理食塩水と少量の麻酔薬を用いて。ファシアをリリース(剥離)する治療法です。ファシアとは、筋膜、腱、靱帯、末梢神経等を構成する結合組織などを包み込む鞘のようなものを指します。このファシアが隣の組織と癒着することで痛みが生じたり、神経を圧迫することで、関節可動域の低下、しびれ、刺すような痛みなどが起こると言われています。ハイドロリリースにより、神経や筋肉の滑走性が改善して可動域が改善します。また神経周囲のハイドロリリースにより、末梢神経(主に注射される部位は胸背神経・腋窩神経・肩甲上神経)の圧迫が解消され神経性の痛みや痺れが軽減される事も報告されています。生理食塩水自体の大きな副作用はありませんが、注射針による神経の損傷、出血などの合併症の可能性はあります。ハイドロリリース後はリハビリテーションが重要です。私も腋窩神経・肩甲上神経のハイドロリリースを受けました。
文献9】より
6-2)手術療法
五十肩における外科的アプローチの目的は、線維性で肥厚し、引き締まった肩甲上腕関節包と関連する拘縮した靭帯を解放して、肩甲上腕関節の関節可動域を改善し、痛みを軽減することです。
6-2-1)Manipulation Under Anaesthesia:MUA(麻酔下マニピュレーション:サイレントマニピュレーション)
MUAの目的は、肩関節包の癒着した部位を剥がして関節可動域を改善することです。肩の神経に麻酔薬を注入し、痛みを感じない状態で肩を動かします。麻酔が効いた後に、肩の関節可動域のすべての方向で肩関節の受動的ストレッチを適用します。五十肩患者に対するMUAの理想的な実施時期については、相反する意見がありますが、五十肩と診断されてから12か月以内までと言われています。いくつかの研究では、MUAにより被験者の80%以上で患者の関節可動域が改善したと報告されています。MUAには骨折や腱板断裂などのリスクもあるため、慎重な実施が必要です。
6-2-2)Arthroscopic Capsular Release:ACR(関節鏡下関節包解放術)
ACRでは、小さな皮膚切開を通じて関節鏡を関節内に挿入し、肥厚し、腫れ、炎症を起こした異常な関節包を切除して除去します。ACRは五十肩の治療に安全かつ効果的な方法であり、他の治療法と比較して明確な利点があります。たとえば、影響を受けた関節を直接視覚化することで、診断の確認が可能になり、追加の病状を除外することができます。ACRの有効性は複数の研究で実証されており、痛みのスコアが劇的に減少し、関節可動域が増加し、肩の機能が全体的に向上しました。
6-2-3)ACRとMUAの比較
UK FROSTという五十肩における多施設ランダム化試験では、理学療法、MUA、ACRの効果をオックスフォードショルダースコアという評価項目で比較検討されました。12か月後のオックスフォードショルダースコアは、ACRグループの方がMUAおよび理学療法グループよりも有意に優れていました(p <0.01)。オックスフォードショルダースコアは、理学療法単独よりもMUAの方が高かったです。経済分析では、MUAは理学療法よりもコストが高く(276 ポンド)、ACR は早期構造化理学療法よりも大幅にコストが高い (1,734 ポンド) ことが示されました。要約すると、MUAとACRの外科的選択肢は、より早期に、潜在的に痛みをより完全に解消し、関節可動域と肩関節機能を回復させる可能性があるが、これらの介入は、非外科的管理アプローチが失敗した後にのみ検討されるべきです。
7)生活の質
五十肩は、視覚アナログ尺度、腕/肩/手の障害 スコア、SF-36健康調査、ハミルトンうつ病評価尺度および不安スコアなどのさまざまな質問票やスコアで示されているように、重大な機能障害と生活の質の低下をもたらします。五十肩の長期にわたる病気の経過は、睡眠と日常活動の大きな障害をもたらし、したがって患者の身体的、心理的、社会的生活の質に著しく影響を及ぼします。五十肩は不安およびうつ病と関連しています。
五十肩の研究では、患者の視点や経験がほとんど考慮されていません。この疾患に罹患している患者の数が非常に多いこと、五十肩による医療費や長期の症状の影響、生活の質の低下を考慮すると、これは驚くべきことです。五十肩治療に対する患者の認識を調査した研究では、睡眠障害や職務遂行不能に加え、五十肩患者の日常生活に影響する激しい痛みや機能喪失が強調されました。診断の遅れは、インタビューを受けた患者にとってフラストレーションと不安の原因となりました。痛みの激しさから、患者は症状の背後にもっと悪質な痛みの原因があるのではないかと疑うことが多かったためです。五十肩の影響に関する患者の認識と臨床医の認識の不一致も見られます。五十肩患者の経験を改善するには、迅速な診断、利用可能な治療オプションの明確な理解、この痛みを伴う病状の経過の説明が優先事項です。
8)文献
1】Frozen shoulder. Nature Reviews Disease Primers 2022, 8, 59.
doi: 10.1038/s41572-022-00386-2
2】Can magnetic resonance imaging distinguish clinical stages of frozen shoulder? A state-of-the-art review. JSES Reviews, Reports, and Techniques 2024, 4, 365-370
doi.org/10.1016/j.xrrt.2024.05.002
3】専門医が徹底解説:四十肩・五十肩の症状・原因から治療法まで
https://www.seomh.net/wp/wp-content/uploads/2024/04/%E5%B0%82%E9%96%80%E5%8C%BB%E3%81%8B%E3%82%99%E5%BE%B9%E5%BA%95%E8%A7%A3%E8%AA%AC%EF%BC%9A%E5%9B%9B%E5%8D%81%E8%82%A9%E3%83%BB%E4%BA%94%E5%8D%81%E8%82%A9%E3%81%AE%E7%97%87%E7%8A%B6%E3%83%BB%E5%8E%9F%E5%9B%A0%E3%81%8B%E3%82%89%E6%B2%BB%E7%99%82%E6%B3%95%E3%81%BE%E3%81%A6%E3%82%99.pdf
4】肩関節周囲炎の臨床 - 現状と課題 -
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsop/46/2/46_17/_pdf/-char/ja
5】わかりやすい五十肩・肩の痛み
https://www.saninh.johas.go.jp/sas/kowa/201708.pdf
6】五十肩とのつき合い方
https://www.sekimachi-hosp.com/media/documentations/20110818.pdf
7】肩関節周囲炎 - 公益社団法人日本理学療法士協会
https://www.japanpt.or.jp/activity/asset/pdf/handbook13.pdf
8】肩関節周囲炎の運動療法
https://www.kaken.co.jp/wp/wp-content/uploads/2020/06/artz_ARD400.pdf
9】ハイドロリリースによる四十肩・五十肩の治療について
https://clinic.adachikeiyu.com/4749
<2025年1月28日作成>
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