複雑性PTSDについて
家庭内暴力や虐待など、逃れることが困難な状況のなかで日常的にくり返されてぎた出来事によって生じたトラウマは、より複雑な症状を示します。この状態をICD-11では「複雑性PTSD」と定めています。ICD-11で初めて取り上げられた診断名で、DSM-5には掲載されていません。複雑性PTSDは米国の精神科医師であるジュディス・ルイス・ハーマンが提唱した概念です。
この概念が特に注目に値するのは、社会的な要請(児童に対する身体的・性的・心理的虐待およびネグレクトなど)という側面もあります。
複雑性PTSDの診断基準
ICD-11の診断基準を示します。
PTSDと複雑性PTSDとの違い
心的外傷後ストレス障害(6B40 Post traumatic stress disorder) |
PTSDは、非常に脅迫的または恐ろしい出来事にさらされた後に発症し、以下の3つの症状が認められます。 |
1)トラウマの再体験:鮮明な侵入的回想、フラッシュバック、悪夢の形で現在のトラウマ的な出来事を再体験すること。(DSM-5では侵入症状) |
症状は少なくとも1ヶ月以上持続し、日常生活に深刻な障害を生じます。 |
複雑性PTSDの診断には上記のPTSDの診断に加えて、以下に示す症状が深刻であり、かつ持続することが必要となります。
1)感情コントロールが困難となる(感情の調節障害)
2)トラウマ的出来事に関する恥辱・罪悪感・失敗の感情を伴う、自己卑下・挫折・無価値感(ネガティブな自己概念)
3)人間関係を維持すること、および他者との親密さを感じることの難しさ(対人関係の障害)
これらの症状(自己組織化の障害)は、個人的、家族的、社会的、教育的、職業的な領域で深刻な機能不全をもたらします。
複雑性PTSDの症状
感情の調節障害
感情のコントロールができなかったり、自分の気持ちがわからなくなったりします。恐怖、戦陳、怒り、恥辱、不安、悲しみ、罪悪感など、ネガティブな感情が、いつまでも続くことがあります。逆に喜び、しあわせ、満足感、楽しさなどのポジティブな感情を感じにくくなります。
子ども時代にトラウマを経験すると、感情を調節する力が育ちにくくなり、調節のしかたがわからなくなったり、自分の気持ちがわからなくなったりします。虐待を受けている場合などは、感情を抑えつけながら育っているため、一気に爆発的な言動や行動に結びつくこともあります。
感情麻痺
感情の調節障害の行き着く先は、何も感じない状態です。ポジティブな感情を残して、ネガティブな感情だけを排除することはできません。すべての感情を感じないようにするしかないのです。
ネガティブな自己概念
ものごとのとらえ方にゆがみが生じ、極端な自己否定感をもちやすくなります。自分に対してだけなく、他者・世界を見る目も変わってしまい、他者・世界を否定的にとらえるようになります。子ども時代にトラウマを経験すると、そもそも信頼感が育ちにくいこともあります。
自分自身を否定的にとらえがち
●あんな目にあったのは自分が悪いんだ
●自分は役立たずだ
●こんなふうになったのは自分のせいだ
●とりかえしのつかないダメージを負った
●こんな自分は恥ずかしい
●自分は汚れている
世界を否定的にとらえがち
●世界は危険だ
●なにも信用できるものはない
●人も世界もゆがんでみえる
相手を否定的にとらえがち
●親身な人は裏がある。怖い
●危険がなさそうな人には無性に苛立つ
●だれも信用できない
対人関係の障害
他者との関係を維持し、親しくなることが、難しくなります。安定的な人間関係が結べません。
ほどよい距離感を保ちにくい。
だれに対しても、この人は安全か危険か、信用できるか、裏切られるのではないかという思いをもちながら接してしまいます。
●近づきすぎる:危険な相手を頼もしく思ったり、特定の人に頼り切ったりする。
●遠ざけすぎる:だれも信用できないので人づきあいを避ける。親身になってくれる人はかえって怖い。
相手への期待・評価が両極端になりやすい
信用できると思う相手には完璧さを求め、どこまでも受け入れてほしいと無制限に期待してしまいます。しかし、その期待に応えられないと、裏切られたという思いを抱きがちです。同じ相手に対して急に評価が変わることもあります。
●高すぎる:絶対的に信頼できる。素晴らしい
●低すぎる:まったく信用できない。最低だ
自分に問題があってもそれを他人のせいにする
「いやだな」と思うことがあったとき、それを相手のせいにして一方的に責め立てることがあります。
支配-被支配の関係から逃れにくい
自分より弱い立場のある人に対しては、支配する側になり、逆に自分より強い立場にある人に対しては、支配される側になることがあります。
杉山登志郎先生は以下の症状が複雑性PTSDに特徴的であると記されています。
複雑性PTSDの特徴となる症状 |
身体的、心理的、性的、教育的虐待、ネグレクト、配偶者暴力の既往をもつ子ども、成人の次の症状 |
1.気分変動:子どもの場合にはかんしゃくの爆発、成人女性の場合には月経前の制御困難なイライラを含む。 |
2.記憶の断裂:1日以内の食事内容を想起できない、記憶の断片化の常在 |
3.時間感覚の混乱:日内リズムの慢性的混乱、眠気の消失を含む。 |
4.フラッシュバックの常在化 |
5.生理的症状と心理的症状が相互に区別がでぎない、その結果として生じる慢性疼痛 |
6.希死念慮:他者への恒常的不信、自傷、その一方で非現実的な救済願望、これは対人的に限らない。 |
「発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療」2019年1月30日発行 杉山登志郎 著 誠信書房
複雑性PTSDの治療
PTSDの治療と同じように、薬物療法と下記の心理療法を組み合わせて治療します。トラウマが関連していると薬だけでは改善しにくく、トラウマの影響で起こる症状に対する薬の効果は限界があります。
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