高齢者の不眠症

高齢者の不眠症

高齢者の不眠

睡眠リズムの加齢変化

若年成人と高齢者の睡眠パターンを比べると、若年成人では、第3~第4段階の深い睡眠が多く、睡眠周期の乱れも少ないが、一方、高齢者では、第3~第4段階の深い睡眠が少なく、睡眠周期も不規則である。さらに、夜中に頻回に覚醒レベルまで眠りが浅くなるため、睡眠時間の割には熟眠感が乏しいということになる。 それに対して、自己申告による睡眠時間、つまりどのくらい布団に入っているかを調べた所、Jカーブを示し、高齢者ほど就床時間が長いことがわかった。 このように高齢者では、長時間就床し、客観的には睡眠はある程度とれているのにもかかわらず、主観的には睡眠がとれていないという睡眠ギャップが生じており、このことが、多くの不眠と睡眠薬服用者を生み出している大きな要因になっている可能性がある。

 

高齢者の不眠症の特徴

不眠症の有病率は60歳代で20%以上、80歳以上では30%以上といわれている。不眠症は入眠障害と中途覚醒、早朝覚醒などに分類されるが、不眠症に占める入眠障害の割合は若年者と高齢者であまり変わらないのに対し、中途覚醒と早朝覚醒は明らかに高齢者のほうが多い。また、昼寝が増え、昼夜逆転に陥るなど睡眠リズムが乱れている。最近では慢性不眠自体が認知症のリスクを高めることが報告されている。

 

認知症と睡眠時間

5時間未満 2.64倍
5-7時間 1
10時間以上 2.23倍

睡眠時間が短すぎても長すぎても認知症のリスクが高くなる。

 

一方、睡眠薬使用の有無にかかわらず不眠自体が高齢者の転倒リスクになることも示されており、不眠症の放置は、睡眠薬投与より、転倒のリスクが高いといわれている。さらに、高齢者では、薬剤を問わず5種類以上の薬を服用していると、転倒のリスクの高まることが報告されている。

 

ベンゾジアゼピン系睡眠薬の内服後の血中濃度の推移を示した図である。催眠・鎮静作用を起こす濃度よりも低いレベルで筋弛緩作用が発現することがわかる。睡眠薬を飲み始めて間もない時間で転倒のリスクが最も高いが、注意すべきは催眠・鎮静作用が切れた後でも筋弛緩作用が残るため、夜間・早朝にトイレに起きた時などに転倒を起こすリスクがあるということを患者に伝えるべきである。

 

アルツハイマー病では、脳の器質的障害により、44-64%に様々な睡眠障害が認められる。アルツハイマー病などの認知症患者では、日中の活動性が低下することにより、日光暴露量が不足することに加え、白内障などの視覚障害のため、体内時計への刺激の入力が低下すること、体温リズムの乱れなどのため、睡眠覚醒リズムの障害をきたしやすい。さらに、アルツハイマー患者では、健常高齢者よりメラトニン分泌量が低下していることが報告されている。

 

高齢者、認知症患者の不眠症対策

「すぐ寝つけない」「途中で目が覚める」「しっかり眠れていない」といった睡眠に関する訴えがあるだけでなく、昼間眠くて十分に活動できないなど日中の機能障害を伴って初めて不眠症の診断がなされる。 日本睡眠学会による「睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン」、日本老年医学会の「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」では、不眠症の治療で最初に行うべきは、睡眠衛生指導などの非薬物療法としている。特に、高齢者で大事なことは8時間睡眠を目指さないことである。入眠後、最初の3時間が大事で、3時間眠れれば、その後眼が覚めてもそれほど問題にならないことも多い。 高齢者の不眠対策は、睡眠時間制限療法(あまり早く床に入らず、いつまでも寝ていない)が有効であるが、重度の不眠を訴える高齢者ほど、睡眠時間制限療法を守らないケースが多い。就床時間(床に入っている時間)は7時間以内にすべきである。65歳以上であれば、睡眠時間は5~6時間で十分である。夕食後眠くなっても、すぐに布団に入るようなことは避け、午後10時か11 時頃まで起きているように努める。日中に眠くなるようなら30分以内の昼寝をする。時間は午後2~4時までとすべきである。1時間以上の昼寝は認知症のリスクが2倍増加し、2時間以上ではそのリスクが3~4倍となる。現状、認知症患者の不眠症に対して十分に有効で、かつ安全な薬物療法は確認されていない。薬物療法開始後も非薬物療法を併用することが薬物療法単独で実施するよりも有効である、と報告されている。下記の薬剤が選択肢となり得る。いずれの場合も、リスク・ベネフィットを考え、必要最小限の用量をできる限り短期間使用することが望ましい。

 

非ベンゾジアゼピン系睡眠薬(ただし、ゾルピデム[商品名:マイスリー]は鎮静・依存・健忘作用あり、アルツハイマー病患者に投与する時は要注意)メラトニン受容体作動薬 ラメルテオン[商品名:ロゼレム]オレキシン受容体拮抗薬 スボレキサント[商品名:ベルソムラ]アルツハイマー治療薬 メマンチン[商品名:メマリー]鎮静系抗うつ薬 トラゾドン[商品名:デジレル、レスリン]、ミアンセリン[商品名:テトラミド](不眠症の適応は未承認)抑肝散 転倒リスクや認知症状の悪化などを考慮すると高齢者にベンゾジアゼピン系睡眠薬を投与する場合、少量から投与すべきである。トリアゾラム[商品名:ハルシオン 0.25mg]、ゾルピデム[商品名:マイスリー] 10mg、ゾピクロン[商品名:アモバン] 7.5mg(エスゾピクロン[商品名:ルネスタ] 2.5mgがゾピクロン[商品名:アモバン] 7.5mgに相当)は高齢者では多すぎである。ゾルピデム[商品名:マイスリー]は2.5mgから、ブロチゾラム[商品名:レンドルミン]は1/2錠から開始すべきである。 ベンゾジアゼピン系睡眠薬や非ベンゾジアゼピン系睡眠薬はせん妄を引き起こす可能性がある。スボレキサント[商品名:ベルソムラ]やラメルテオン[商品名:ロゼレム]はせん妄の予防効果がある。スボレキサント[商品名:ベルソムラ]処方時には、7時間以上、床に就いている必要がある。ラメルテオン[商品名:ロゼレム]は頓用では使用できない。ラメルテオン[商品名:ロゼレム]は2週間以上使わないと効果が出ないといわれている。ドネペジル[商品名:アリセプトなど]、ガランタミン[商品名:レミニール]などのコリンエステラーゼ阻害剤系のアルツハイマー治療薬は不眠を起こすことがあるので、朝内服するようにする。

入眠障害・中途覚醒    エスゾピクロン[商品名:ルネスタ]
リズムが乱れている場合 ラメルテオン[商品名:ロゼレム]
せん妄・中途覚醒 スボレキサント[商品名:ベルソムラ]

 

ベンゾジアゼピン系睡眠薬と認知症

1998年から2014年に報告された研究をシステマティックレビューした結果では、10の研究のうち9つで、1.5~2倍程度、ベンゾジアゼピン系睡眠薬服用により、認知症発生の危険性が高まると結論されている。また認知症発症の危険性は用量と服用期間に比例して高まること、半減期の長い薬剤で危険性が高いこと、当然ながら高齢者はハイリスクだと示されている。 その後、2015年、2016年にベンゾジアゼピン系睡眠薬服用の認知症発現への影響はみられないとする論文が公表され、内村先生は、ベンゾジアゼピン系睡眠薬が認知症発症リスクを上昇させるかについての議論は、「振り出しに戻った???」とも評価されていると述べられていた。

 

参考文献

臨床神経 2014;54:994-996日老医誌 2012;49:267-275CLINICIAN 2016;650:767-771CLINICIAN 2018;664:323-327CLINICIAN 2018;664:328-335